2013年2月28日木曜日

バンダジェフスキー論文についての考察


バンダジェフスキー氏の論文・著書の翻訳に関わったのは、成り行きからだった。バンダジェフスキー氏を日本に招聘したいと言う木下黄太氏から、突然、バンダジェフスキー氏に連絡を取ってくれと頼まれたのだ。2012年1月中旬を過ぎた頃だった。

私は当時、木下氏のブログの一読者だった。放射能被ばくに関する情報は、その時は、木下氏のブログが一番多く思えた。私が医師として持っていた放射能に対す る知識は、急性被ばく症や原爆の被ばく者についての一般的な範囲内に過ぎず、「低線量被ばく」や「内部被ばく」と言う概念は新しいものだった。内部被ばく を証明する研究をし、投獄されて国外追放の身にあったバンダジェフスキー氏が日本で講演を行なうというのは、素晴らしい考えに思えた。

バンダジェフスキー氏にメールで打診すると快く引き受けて下さり、その時点から両氏の連絡係のような役割になった。バンダジェフスキー氏の英文パワーポイン ト資料をインターネットで見つけ、それを和訳すれば講演でも使えるのではないかと思い、そこから翻訳係の役割が始まった。

招聘の承諾を得てから2ヶ月での講演という、異例のスピードで事は進んだ。医師・専門家向けセミナーで配布する英語論文が何かないかと木下氏に打診された が、バンダジェフスキー氏の論文は、その当時の背景の影響でほとんど医学雑誌に掲載されることはなく、唯一掲載された論文は既に出回っていた。バンダジェ フスキー氏に問い合わせると、自分の重要な論文である「放射性セシウムと心臓」の「第4章」に病理スライドが多いから、それはどうだろうかと言う話になっ た。既に英訳されていたのだが、実際に目を通すと意味不明の文章や用語が多数あった。バンダジェフスキー氏に質問しながら、改訂版英訳を作成することにし た。

パワーポイント資料も、実際に読み込むと英語が意味不明の部分があり、和訳が難しかったので、先に改訂版英訳を作成した。

医学翻訳は難しい。これはどんな分野の翻訳でも言えると思うが、ただ英語を日本語に直訳しても、何を意味しているのかさっぱり分からない事がある。私はプロ の翻訳家ではない。ただ、医学知識があり、英語が一通りできるだけである。基本的に自分が理解できない事は翻訳するのが大変に苦しい。意味が通っているか どうか分からないからである。しかし医師であるので、医学翻訳を読んで、大抵の事が本筋から逸れているかどうかの判断はつく。そのような点から、バンダ ジェフスキー氏の論文の英訳は、扱いにくかった。

病理生理学などに関する、自分が普段接する事のないような内容もあり、難しい部分もあった。さらに、所々、旧式の言い回しがあったり、見た事のない用語のた め検索してみると使っているのはロシア圏の研究者ばかりだったり、と言う事が幾度もあった。(ちなみに、後に分かった事だが、これはロシア圏から出ている 英語論文や著書の多くに当てはまり、政府報告書のような公的文書でさえ例外ではない)。それでも私見を入れず、内容の正確さを検証すると言うわけでもなく、ただ、論文の意味が通るように忠実に英訳し、和訳での完訳を行なった。それが翻訳係としての、その時点での使命だったからである。しかし、バンダジェ フスキー氏の文体に慣れれば慣れるほど、論点に客観性が欠けており、ただ自分の論点を述べているだけと言う文調が多いのにも気づいた。それが、ロシア語か ら英語に翻訳された時に失われたものなのか、最初からそうだったのかは、私には分からない。しかし、連絡係として氏とかなりのやり取りをしていたので、も しかしたら氏の人柄が文体に投影されているのかもしれないと、強く感じるようになった。

医学を勉強していない人の医学翻訳は、内容に奇妙な場合がある。当時日本で唯一出版されていたバンダジェフスキー氏の著書「放射性セシウムが人体に与える医 学的生物学的影響」も、例外ではない。2011年6月頃、自費出版の小冊子を入手して読んだ時には、米国で医学を学んだせいで日本語の医学用語や医学的言 い回しに慣れていないために、書いてあるまま、そのまま受け止めて読んだ。それから半年後に英訳版に目を通した時、英語の読みにくさに驚いた。おそらく英 語があまり上手でない人による直訳なので、言い回しが適切でない箇所が多く見受けられた。医学用語は特殊な場合があり、一文字、二文字間違えると、反対の 意味になったりする。医学知識のない人物の和訳は、それが直接的に生命に関するが故に、読者にとって非常に深刻なリスクとなる。

ロシア語から英語訳された「放射性セシウムと心臓:第4章」の改訂版英訳とその和訳をした6ヶ月程後に、米国医師団体である社会的責任を果たす医師団 (Physicians for Social Responsibility、略してPSR)のシニア・サイエンティストから、「放射性セシウムと心臓:第4章」を含む全体を英訳したので検証してほし いと頼まれた。彼は医師ではないため、医学的な部分が正しく訳せているかどうか分からないためだった。そもそものロシア語からの英訳版が読みにくいため、 米国とカナダの医師達に放射性セシウムについて学んでもらうために、彼は独自で改訂英語版を作ったのだ。

この検証を行なった時、既にかなりのロシア圏の英訳文献に目を通していたのと、放射性物質や被ばくについての文献も多く読んでいたため、「放射性セシウムと 心臓:第4章」を訳した時よりも深い知識ベースで検証することができた。読み込むにつれ、何度も違和感が出てつまづいた。聞いた事がない言い回しや分類。 何が言いたいのか不明な用語。放射能や被ばくの知識に乏しい医師が読んでも読める様にと、かなり変更したが、私の他に検証をする事になっていたカナダの心 臓専門医がどうとらえるか興味があった。すると彼も、同じ箇所に疑問を抱き、「この内容で科学的に捉えろと言うのには無理がある。」と述べた。他に非公式 で読んでもらった医師は、「セシウムが臓器に蓄積するのは分かるけれど、病理生理学的な部分は信じていいのか分からない。」と言った。また、「面白い仮説 だと思います。」としか言えない医師もいた。要するに、万人共通に、「科学的」研究として受け入れられないという事である。

先日、自分の手元にある「放射性セシウムと心臓:第4章」の改訂版英訳とその和訳を公開した。内容に疑問が残りながらも、既にバンダジェフスキー氏のセシウムについての研究は一般に出回っているため、貴重な文献を非公開のままにしておくのに忍びなかったからである。

http://fukushimavoice.blogspot.com/2013/02/test.html

すると、仙台赤十字病院呼吸器内科 東北大学臨床教授の岡山博医師から連絡を頂いた。バンダジェフスキー氏の講演会にも行かれた岡山医師は、講演で示された 病理組織や原著論文に掲載されている病理標本が、アーチファクトの可能性が強いと気がつかれたそうだ。「標本をパラフィン包埋する際に不十分な技術的エ ラーによって生じたアーチファクトが、心筋障害として提示されている。パラフィンが組織の中まで十分浸透していないために、5〜10ミクロンの厚さの切片 にする時に心筋組織がちぎれてしまった可能性が高い。腎臓の標本も同じく、切片に切る時に糸球体の入り口の血管と繋がっている部分に引っ張られて抜けてし まったのではないか。糸球体萎縮であれば糸球体は小さく硬くなるが、氏の標本ではなくなっている。」と言う事だった。岡山医師は病理が専門でないので、病 理の医師に尋ねたところ、おそらくそうだと言われたそうだ。岡山医師の見解は、バンダジェフスキー氏の研究は社会的に強い影響を持つものだが、批判がある と言う事も述べた方がいいだろう、と言う事であった。

ここで、ひとつ疑問が起こる。

木下黄太氏は、このような、バンダジェフスキー氏の病理標本や、研究内容の整合性などに対する疑問を考慮して納得した上で、バンダジェフスキー氏を流布した のであろうか?データの整合性のなさなどを指摘する声は、招聘前からあったように記憶する。そして、木下氏の返答は,時代的背景やバンダジェフスキー氏の 特殊な立場に言及していたように思う。

確かに、バンダジェフスキー氏の研究は、他に類を見ない貴重なものであると思うし、投獄された上に国外追放されたという事実からしても、大変な経験をされた と思う。原発事故後にセシウムと言う言葉をほぼ初めて耳にし、筋肉に分布されるらしいと言う事位しか把握していなかった私にとって、チェルノブイリで被ば くした人達において、放射性セシウムが臓器に蓄積されていたと言うのは、画期的な情報であり、内部被ばくと言う事を理解し始めるきっかけだった。

医師でも研究者でもない木下氏が、バンダジェフスキー氏の研究をきちんと精査した上で大衆に提示する事は不可能だったであろうと思う。医学というのは、ただ 本を読んで数字を理解すればいいだけのものではない。ただ情報をたくさん持っているからと言って、関与していいものではない。木下氏は、「信頼出来る人 物」などから放射能被ばくの情報を良く得ているようだった。しかし、何故その「情報源」の情報が異様に豊富なのかと言う違和感もあった。

私は、バンダジェフスキー氏の研究文献を翻訳したからと言って、氏の自論を盲目的に信じるわけでもない。むしろ翻訳したが故に、色々な事が深い部分で理解で き、ある種の限界が見えたり、新たな疑問点が起こったりする。例えば、セシウム以外の核種は病理解剖時に体内で見つかったのか?複数の放射性核種が同時に 体内に入り込んだら、実際にどのような反応が起こるのだろうか?などと言う事である。

ロシア圏では、チェルノブイリ事故後すぐに、医療登録システムが作られ、被ばくした人々が様々な検査を受け、そのデータが研究に使われた。しかし、この膨大な知見も、言葉の壁のためにロシア語圏外に伝わりにくい部分がある。

もちろん、チェルノブイリ事故の影響を知識ベースとして認識するのは不可欠だ。原子炉の状態と日本の人口密度からすると、チェルノブイリよりマシで済むとは 思い難い。また、過去の大気圏内核実験だけでなく、チェルノブイリ事故からのフォールアウトでも、幾分かの被ばくを日本全国で既にしているのだから、福島 原発事故による、さらなる被ばくの影響は、予想したよりも早い進行をもたらす可能性もある。

医学と言うのは、本来、政治的なものと離れているべきである。医師の役目は、患者のためにできる限りの事をすることである。残念ながら、今の日本、特に福島 県では、医学が本来あるべき場所になく、放射能被ばくをしていても、証明できないが故に否定される。ホール・ボディー・カウンターやバイオアッセイなどの 客観的データは存在するが、すべての人にアクセスが与えられるわけでもない。

福島第一原発から何度も放出された放射能プルームの拡散状況からすると、福島県だけではなく、北は宮城県や岩手県や北海道の一部、南西は東京を含む関東地方 や長野県などの方向にも、初期被ばくが及んだ。また、放射性物質は、食品や物流によって全国に拡散されている。そして、震災瓦礫の焼却が始まるずっと前か ら、事故後間もなくから汚染された一般ゴミが焼却されているのだから、既に焼却による放射性物質の拡散も始まっていた。避難移住した人達が、汚染された車 両や生活用品ごと移動することにより、更に汚染が広がった。

医師の役目は、体調が悪い人がいたら、被ばくという最悪の事態を想定して、綿密に対処する事ではないのか。しかし、実際に甲状腺障害を持っている子供がいて も、放射能との関連性を尋ねると一笑に付し、まるで体調が悪いのがその子のせいであるかのように振る舞う医師もいると聞く。「この位の線量では健康被害が 出る筈はない。」と思い込んでいるからのようである。

内部被ばくのメカニズムを正しく理解し、「外部被ばく線量」だけでは体内への影響を全て理解できないと言う事を医師が認識するのは不可欠である。そういう意 味でも、バンダジェフスキーの論文は、セシウムの色んな臓器での蓄積と諸生理学的システムへの影響の可能性の仮説として、全ての医師に読まれるべきである と思う。そしてその知見に基づいて、実際に放射性セシウムやその他の放射性物質がどのような影響を体内で及ぼすのかと言う研究が進められなければいけないと思う。

Yuri Hiranuma, D.O.



2013年2月17日日曜日

乳歯のストロンチウム検査についての考察

「乳歯を保存する会」というのがある。ホットスポットとして知られている、千葉県松戸市の歯科医が始めたという。nyushi.jpn.org/  

このようなチラシを見つけた。



『「どこでも、誰でも」簡単にできます!お子様の抜けた乳歯をとっておいていただくだけです!ぜひご参加下さい』

とチラシに書いてある。一体、何に参加することになるのであろうか?

答えは、ストロンチウム90の「グループ測定」である。

ストロンチウム90は、半減期が約29年のβ線放出体であり、カルシウムと化学的類似性を持つために、骨や歯に蓄積しやすい。体内に摂取されると、一部は排 泄されても大部分が骨や歯に取り込まれて、体内でβ線を出し続ける。娘核種のイットリウム90は半減期が64時間と短く、同じくβ線を出して安定したジル コニウム90となる。ストロンチウム90は、比較的長い半減期のため、放射線を長期間にわたって出し続けるため、毒性が強い。

   
2012年9月3日に、東洋経済オンラインに次の記事が掲載された。

「歯科医師が子供の乳歯提供を呼びかけ 目指すはストロンチウムによる被曝解明」
http://toyokeizai.net/articles/-/9880?page=1/

 子 どもの乳歯提供を 呼びかけているのは、千葉県松戸市で歯科医院を営む藤野健正・きょうどう歯科新八柱所長(医療法人社団きょうどう理事長=写真)。福島第一原発の事故後、 福島県内で歯科医療支援活動にかかわってきた藤野氏は、カルシウムと似た性質を持つストロンチウムが骨や歯などに蓄積しやすい性質に着目。

 「内部被曝の実態を明らかにするうえで重要な証拠になる」との考えから、子どもの歯が生え替わる際の「脱落乳歯」の保存および提供を呼びかけ始めた。

  手順は簡単で、藤野氏が用意した調査票に記入したうえで子どもの乳歯を藤野氏の歯科医院宛てに郵送する。藤野氏は一定の数を集めたうえで、米国の専門家団 体 RPHP(Radiation and Public Health Project)に送付。精密な測定機器を持つ同団体が解析したうえで、結果を日本 側に通知する。

  保護者の参加費は無料で、氏名などの個人情報は明らかにされない。検査結果については、「集めた地域ごとに解析したうえで、提供いただいた方に封書でお返 しする。ただ、高い値が出た場合は、個別の追跡検査も考えている」と藤野歯科医師は話す。この取り組みは、岡山理科大学の豊田新教授(応用物理学)もバッ ク アップする。

  福島第一原発事故では、放射性のヨウ素やセシウムによる環境汚染や被曝が大きな問題になっている。一方、測定がはるかに難しいストロンチウムについては被 曝の実態はまったく調査されていない。ストロンチウムはホールボディカウンターで検出することができず、福島県では県民健康調査の項目にも上がって いない。

  そうした中で、藤野歯科医師は「原発近くに住んでいた人および離れた地域に暮らす人がともに協力してくれるタイミングは今しかない」と判断。藤野氏 自身が副会長を務める東京歯科保険医協会や全国保険医団体連合会の協力も得つつ、取り組みを進めていくという。すでに、福島県浪江町から東京都内に避難し てきた家庭が多く住む共同住宅や松戸市内の保育園などで説明会をスタートさせている。

  1950~60年代の度重なる大気圏核実験で放出されたストロンチウムが粉ミルクや母乳などを通じて乳歯に蓄積したことは、当時の科学者の手で解明され た。ストロンチウムによる健康被害は未解明な部分が多いものの、米国では母親たちによる乳歯を集める活動がその後、核実験を抑止する原動力になったといわ れる。歯科医師による日本で初めての取り組みに注目したい。※問い合わせ先は、きょうどう歯科新八柱 TEL047−711−5201
(岡田広行 =東洋経済オンライン)


藤野歯科医師の「内部被曝の実態を明らかにするうえで重要な証拠になる」との考えは、聞こえは良いが、一体どのような実態を明らかにするつもりなのだろうか?内部被ばくをしたと言う事実?それとも、内部被ばくの度合い?

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米国ミズーリ州セント・ルイス市では、1951年に始まった大気圏内核実験時代に、6万人の子供の乳歯に含まれるストロンチウム90濃度の測定を行なった。 1964年生まれの子供よりも、1954年生まれの子供の乳歯の方が、ストロンチウム濃度が高かった。1963年には大気圏内核実験が禁止され、1964 年から1970年にかけて、乳歯内のストロンチウム90濃度が下がった。

2012 年9月3日の東洋経済オンラインの記事内に出て来る、「米国の専門家団体RPHP (Radiation and Public Health Project)」は、2000年に発表された研究で、米国の数カ所の原発付近に住む子供達の乳歯のストロンチウム90濃度を測定し、大気圏内核実験禁止 後の乳歯のストロンチウム濃度の低下率から推測した濃度よりもはるかに高い事を発見した。

http://www.radiation.org/reading/ijhs/ijhs_9_2000.html

乳歯は胎生6~8週の間に発生を始め、永久歯は胎生20週目から発生を始める。故に、ストロンチウム90は胎児において既に歯に取り込まれる可能性がある。

原発付近に住む子供達の乳歯にストロンチウム90が蓄積されていると言う事は、通常運転時でも放射性物質が放出される原発の人体への悪影響を、「グループ測定」でも示すことができる、という仮定である。

では、福島原発事故によって放射能被ばくを受けた日本の子供達において、この乳歯の「グループ測定」を行なう意味はあるのだろうか?放射能被ばくの度合い は、放射能プルームや放射能汚染された飲料物や食物にどれほど晒されたかによる。歯の土台は胎児の時期に大部分が形成される。故に、乳歯のストロンチウム 90濃度は、放射能被ばくを胎児として受けた子供において最も高いであろうと思われる。

現に、この米国団体RHRPの代表は、事故後の1年目、2年目で抜け始めた乳歯よりも、事故時に胎児として歯を形成し始めていた子供が6−8歳になって抜け た乳歯の方が、測定値を出しやすいという類の事を言った。それでは、何故、今、日本の子供達の乳歯を集めて測定しようとしているのだろうか?

そもそも、乳歯のストロンチウム測定は簡単ではないと聞く。実際、この米国団体RHRPの代表に問い合わせると、個々の歯の測定は不可能ではないが、大変長 時間かかり、正確な測定値を出すのが難しいと話した。グループごとにまとめて測定をした方が、有意義な値を得られると言う。これはおそらく「研究の目的 に有意義な」値であると言う事だと思う。また、測定料金は、歯が1個でも100個でも同じだと言う。

さらに聞いて見ると、2000年の研究当時には団体として測定器を所持していたが、現在では所持していないと言う。また、研究論文で精密な測定を行なったと 言及されているカナダの測定機関は、今ではストロンチウムの測定は行なっていないと言う。日本から最初の乳歯のグループは送られて来たが、まとまった数が 揃うまで待っており、まだ何も測定を行なっていない状態だと言う。測定予算も定かでない。反対に、研究資金を得る方法を知っているかと聞いて来た。この米 国団体RHRPは、大学の研究機関ではないため、研究費がおりるわけではない。過去の乳歯検査も、一般から寄付を募って賄ったようだ。

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既に放射能被ばくをしている子供達の乳歯のグループ測定によって得られる情報とは何なのか?地域ごとの被ばくの度合いは判明するであろう。それは、疫学調査 として、何かの意味を持つのかも知れない。しかし、子供が被ばくをしてしまったら、親としては自分の子供の被ばく量が知りたいのではないだろうか?知った から何ができると言うわけではないかもしれないが、やはり知っておきたいものだと思う。現時点での、民間人にも可能な個人の内部被ばく検査としては、放射 性物質の尿検査が一番確かであると思う。だが、事故後2年たってからよりも、放射能被ばく後間もない時期にする方が、被ばく量推定には有益であったであろ う。もちろん今でも飲食などを通して放射性物質を取り込み続けているなら、まだ尿検査でも検出でき、内部被ばくの指標として使う事はできるかもしれない。(しかし、そういう継続した被ばく状況が存在する場所に居続ける事自体に疑問が出る。)

「乳歯を保存する会」のチラシには「乳歯をご提供していただいた方の費用はいっさいありません。」と書いてある。また、東洋経済オンラインの記事内では、こ の測定への参加費は無料だと書いてある。測定に費用がかからないとは、測定を希望する側にとっては願ってもいない事である。しかし、この測定に関与する全 てのプロセスが完全にボランディアだというのも無理難題に思える。きょうどう歯科に、測定費用は誰が払うのかを問い合わた。すると、「ストロンチウム検査 は民間だとかなりの費用がかかるが、自分たちがするわけではないので、何とかなると思っている。」という答えであった。何とかなると言う事は、誰かが何とかしてくれる、と言う事だろうか?しかし、米国の団体RHRPにも資金はないと言う話だ。

「乳歯を保存する会」の目的は「放射能が人体に及ぼす害については、長期にわたる調査が必要です。この乳歯のストロンチウム測定はその一助となる取組になります。ぜひ、お子様の抜けた乳歯を保存しておいてください。仮に将来的に何かの疾病にかかられた時には保証をもとめる重要な根拠ともなりえます。」で、要するに、人類における総合的な放射能被ばく研究の一部になれる、と言うことのようだ。どこの誰がどうやって何の研究をするのか、具体的には示されていない。

「集めた地域ごとに解析したうえで、提供いただいた方に封書でお返しする。ただ、高い値が出た場合は、個別の追跡検査も考えている。」と、 東洋経済オンラインの記事内に書いてあるが、これも漠然とした記述である。乳歯を提供する保護者が、その地域ごとの解析の意味を、真に理解し、納得してで の提供なら、良いのであろう。しかし大抵の場合だと「ストロンチウムを測定してもらえる」と言う認識しかないかもしれない。高い値が出た場合の個別の追 跡検査が具体的にどういうものなのかを聞くと、内科的調査だと言う。どういう「内科的調査」なのか、計画があるのだろうか?それとも、その「内科的調査」 をするであろう団体なり機関にお任せだろうか?

このチラシには「自治体や国へ実態を知らせ、検査費用等の働きかけも行なっていきます。」と 書いてあるが、検査をする前に検査費用を集めるべきではないだろうか?それに、被ばく後すぐに、本来行なうべきである血液検査、甲状腺エコー検査や放射性 物質の尿検査を率先して行なわなかった自治体や国が、地域毎のグループ測定の「実態」を知らされたから、突然協力的になると思うのだろうか?

さらに、ホットスポットが多数に存在する地域において、今、乳歯を集める事が、実際にするべきことなのだろうか?

保護者が子供の乳歯を保存する事は大切だと思う。事故当時に胎児でなく、既に生まれている子供でも、歯には血流があるため幾分かの放射性物質の吸収はあるか もしれないから、保存するにこしたことはない。しかし、「無料で測定してもらえるから」と言って、無計画・無予算の米国団体に無責任に引き渡すグループに 渡してしまうのは賢明であろうか?

現時点で乳歯1個の測定が困難であるのなら、同一個人の複数の乳歯をまとめて測定するという選択肢もあるかもしれないし、その方が、個人の内部被ばくの指標 になりそうに思える。今、そのような個人測定に科学的限界が存在するとしても、将来的に、何か新技術が発見されるかもしれないし、今存在する技術が洗練さ れる可能性もある。

抜けた乳歯は、日付と部位を記し、個人で大切に保管しておくことを推奨する。





2013年2月11日月曜日

福島県の医師19%が体調不良 震災前の3・5倍


東日本大震災の被害が大きかった東北3県の医師を対象にした意 識調査で「健康状態が良くない」との回答が福島19・4%、宮城14・1%、岩手12・8%に上ることが10日分かった。特に福島は震災前に比べ3・5倍 の高さ。震災でストレスを感じるとの回答も福島で62・9%に達し、宮城51・6%、岩手39・2%に比べ際立つ結果となった。
 調査した日本医師会総合政策研究機構は「医師不足の中で過酷な勤務を長期間続けているほか、福島では東京電力福島第1原発事故によるストレスの影響もあるのではないか」とみている。
 3県で2012年8月下旬から9月中旬にかけて調査した。

2013/02/10 18:48   【共同通信】
日医総研 http://www.jmari.med.or.jp/ 

上記記事のデータは下記。ダウンロード可。
 
日医総研ワーキングペーパー No273.「被災地の医療に関する医師の意識調査」ー東北3県の医師を対象にー

日医総研ワーキングペーパー No273. 別冊 自由回答

2013年2月10日日曜日

放射性セシウムと心臓  第4章 放射性セシウムの心臓への影響の病理生理学的特徴

ユーリー・バンダジェフスキー著
平沼百合 和訳


 次に挙げるデータを分析することで、この放射性物質の心血管系に対しての悪影響を評価する事ができる。このデータとは、さまざまな体内の放射性セシウムの取り込みレベルを持つさまざまな年齢の子供たちのECG (心電図)検査であり、チェルノブイリ事故で汚染された区域の住民の臓器の顕微鏡的研究であり、そして最後に、動物を使った研究実験である。この影響は、放射性セシウムの細胞構造に対しての直接的影響だけでなく、体内のシステムを介した間接的影響、特に神経系と内分泌系を通しての間接的影響として現れる。

 放射性セシウムの心臓への直接的影響というのは、他の臓器や組織に比べて、心筋細胞に蓄積しやすい事による(図9&10)。多分それは、Na+/K+ポンプの機能が強いためである。すなわち、Cs-137 はカリウムに似ているので、心筋細胞によってかなり簡単に吸収されるのである。このプロセスには、細胞膜の構造が関連しており、放射性セシウムは、その構造と容易に反応する。15 これは、クレアチンホスホキナーゼのような大変重要な酵素の抑制をきたす。クレアチンホスホキナーゼは高エネルギーリン酸の貯蔵、運送と利用を含む細胞のエネルギー代謝に関連している。クレアチンホスホキナーゼは、リン酸基置換を触媒する酵素であり、ATPとクレアチンから、クレアチンリン酸とADPに変換する。1

図9 実験用動物の臓器と全身におけるCs-137の蓄積 1-心臓、2-肝臓、3-脾臓、4-腎臓、5-全身


 
図10 一日につき180 Bq摂取したアルビノラットの内臓内のCs-137の蓄積
1-全身、2-肝臓、3-腎臓、4-心筋、5-脾臓、6-骨格筋、7-睾丸、8-肺

 クレアチンホスホキナーゼは、細胞質、ミトコンドリア、ミクロゾーム、細胞核、筋小胞体膜や筋原線維と言った、様々な細胞内構造に分布している。現在の概念によると、ミトコンドリアのクレアチンホスホキナーゼは、酸化的リン酸化によってミトコンドリアのマトリックス内で産生されるATPからの、クレアチンリン酸の生成を触媒する。このクレアチンリン酸は、濃度配に沿って細胞質内に移動するか、急速な浸透によって特定のクレアチンホスホキナーゼのアイソザイムに到達し、特に次のような構造と関係を結ぶ。

  • 筋肉収縮に関与する構造である、筋原線維のM 線
  • 筋小胞体膜のCa2+ATPアーゼ
  • 筋形質とNa+/K+ATPアーゼ
  • アセチルコリン受容体とATPアーゼが豊富な シナプス後膜

 ミトコンドリア型クレアチンホスホキナーゼは、ミトコンドリアの外膜と内膜を結合させ、その構造を作る。1 
 クレアチンホスホキナーゼがM線に局在化する事により、ATPが継続して再生できる状況を作り、筋原線維の適切な収縮作用を確実にする(図11)。結果的に産生されるクレアチンは、再度リン酸化における基質となるために、ミトコンドリアに戻る。

図11 心筋の介在板の構成(模式図)
1-心筋細胞の基底膜、2-心筋細胞膜、3-ミトコンドリア、4-筋原線維、5-筋形質、6-細胞質ネットワーク、7-細いフィラメント(アクチン)、8-太いフィラメント(ミオシン)、9-介在板、10-明帯(I帯)、11-暗帯(A帯)、12-Z線、13-M線、14-デスモゾーム(接着斑)、15-ネクサス(ギャップ結合)、16-接着野。(Bargmann & Schulceより修正)

 故に、酵素活性の減少は、心筋細胞のエネルギー複合体における重篤な構造的および代謝的欠陥を示す。これはミトコンドリアの数とサイズの増加、板状クリステの数の増加とその後の破壊として、ミトコンドリアシステムにおける変化として見られる。また、ミトコンドリアの凝集とミトコンドリア間の接触の数の変化としても見られる(図12)。
図12 放射性セシウムを45 Bq/kg取り込んだラットの、心筋細胞のミトコンドリアの凝集、数の増加とサイズの増加 (倍率x30,000)

 エネルギー複合体の抑制は、放射性セシウムによる細胞膜の構造への直接的な影響と、いくつかの代謝産物、特にミトコンドリアシステムに有毒効果のある甲状腺ホルモンの影響に関連している可能性がある。13 この点については、グレーヴス病(バセドウ病)や実験的に誘発された甲状腺機能促進症では、クレアチンホスホキナーゼの活性が抑制されることがわかっている。1 放射性セシウムの影響下において、遊離サイロキシン(FT4)の増加がこれらの酵素を抑制する事によって、心筋細胞を損傷する可能性がある。この仮説は、放射性セシウムの取り込みが37 Bq/kg以上である子供達において、血液内の遊離サイロキシンの数値に平行して心電図(ECG)の異常が増加する事によって証明される(図13)。よって、不整脈の発症にはサイロキシンが関与している可能性がある。

図13 子供達の血清中のサイロキシン(T4)のレベルとCs-137取り込み量の相関(グループ1と3の間でP<0.001)


男性では、クレアチンホスホキナーゼの活性は女性よりも大きい。1 放射性セシウムの影響下において、心筋細胞でのこの酵素の脆弱性が男性における突然死の主因である可能性を無視できない。8,29,41
 心筋構造におけるアルカリホスファターゼ活性の減少は、心筋変性の進行を意味している。それは電離性放射能への被ばくの特徴である。36 
 放射性セシウムを投与した実験動物や、放射性セシウムで汚染された地域に住む人達の心筋細胞における構造的変化の特質は、筋小胞体膜の、Ca2+に対する浸透性低下として現れる。これはこの放射性核種の細胞膜に対する直接的影響と同時に、この放射性核種の自然崩壊において放出される放射線のせいでもある。8,29,41 結果として起こるリン脂質の脂肪酸鎖の過酸化は、細胞膜の構造の変化と、Ca2+を含む様々なイオンへの浸透性の変化に繋がる。同時に、当然ながら細胞膜内にある酵素活性にも変化を与える。フリーラジカルの過剰な生成と脂質過酸化の増加は、細胞膜の破壊に貢献する。

 心筋の筋小胞体のCa2+輸送システムは、Ca2+を放出したり蓄積する事によって、筋原線維の収縮・弛緩プロセスに活発に関与している。そのシステムが、放射性セシウムを含む様々な因子による損傷を受けると、心筋細胞内遊離Ca2+のレベルが上昇し、筋原線維の弛緩が妨げられる。

 筋組織の変化は、筋原線維の複屈折性の変化として観察される。すなわち、区域的および亜区域的収縮、心筋細胞内の筋融解、筋原線維の原発性クラスター変性(注: ロシア圏独特の表現であり、英語圏での「Contraction band necrosis」、日本語で収縮帯壊死に該当すると思われる。)、細胞変性、そして最終的には凝固壊死または融解壊死に至る。32 偏光顕微鏡で観察すると、筋原線維の区域的および亜区域的な収縮変化は、A帯の増強として現れる。これはあたかも横紋筋原線維の横断面のなかに光る筋が入ったように見える。光学顕微鏡で観察すると、これらは密度増強と好酸球増多として観察される。放射性セシウムを10日間取り込んだビスター・ラット(セシウム濃度60-100 Bq/kg)にも同様の変化が見られた(図14)。
図14 食物によって放射性セシウムを取り込んだ動物(体内濃度100 Bq/kg) の心筋の病理組織切片。心筋細胞の筋原線維のびまん性区域的収縮。びまん性筋細胞融解。リンパ組織球の局部的浸潤。ヘマトキシリン-エオジン染色。(倍率x125)

 筋原線維の原発性クラスター変性において、無偏光性の領域が偏光性の領域の間に見られる(図15)。これはただの区域的収縮とは異なり、心筋細胞に重篤で不可逆的な損傷があることを示しており、心筋細胞の死を意味している。原発性クラスター変性は、急性心不全においてよく見られるのに留意すべきである。30,31



図15 出産中に死亡した女性の心筋の病理組織切片。心臓内の放射性セシウム濃度105  Bq/kg。筋原線維の原発性クラスター変性。筋線維が粗となっている。筋肉間浮腫。ヘマトキシリン-エオジン染色。(倍率x250)

 細胞変性、または心筋細胞の生体内自己融解も不可逆的な障害である。放射性セシウムの影響下では、このような障害がびまん性に見られる(図16、17)。
図16 放射性セシウムの取り込み後(体内濃度900 Bq/kg)の動物の心筋の病理組織切片。びまん性心筋細胞融解。極度の組織間浮腫。ヘマトキシリン-エオジン染色。(倍率x125)
図17 突然死した43歳のドブルシ住民の心筋の病理組織切片。放射性セシウム濃度45 Bq/kg。びまん性心筋細胞融解。筋肉間浮腫。筋線維断片化。ヘマトキシリン-エオジン染色。(倍率x125)

 上記の変化は、放射性セシウム被ばくだけでなく、毒物摂取、低酸素症、機能的過負荷14,24,40  や、ストレス反応を引き起こすような、極端な環境因子などによる代謝障害によっても引き起こされる。27,28,31 またこれらの反応は、心筋細胞内Ca2+濃度増加時に見られる。28

 カテコールアミン(ノルアドレナリン、アドレナリン)の心筋のβアドレナリン作動性受容体への作用は心筋の損傷メカニズムにおいて主導的役割をもつ。これは心臓の虚血性障害とは全く関係していない。28
 心臓への影響の仕組みは、ストレス反応を通して様々な要因に影響されている。高濃度のカテコールアミンは、電位依存性と受容体依存性を持つカルシウムチャネルの開口の数とタイミングを増やし、心筋細胞内のCa2+の蓄積の結果を招く。また、刺激伝導系の細胞はより早い時期に、より大きな損傷を受けている。それは静止膜電位が浅く、活動電位を起こすイオンの流入が主にCa2+であるためである。10 さらにこの刺激伝導系システムは、圧倒的にアドレナリン作動性神経支配を受けている。28

 このプロセスの結果、細胞内Ca2+濃度が高くなる。これらのCa2+が不適切に細胞から放出されると、不整脈、すなわち心リズムの乱れが起こり得る。それは陽イオンポンプの機能に直接的に関係している事を我々は強調したい。ポンプのエネルギー供給においての重要な役割は、クレアチンホスホキナーゼと解糖系によって果たされる。28  心筋の弛緩を起こし、細いアクチンと太いミオシンの筋原線維の間のブリッジを壊すには、この2つのシステム両方に関与することが必要である。このシステムには、筋小胞体ATPアーゼも含む。これはCa2+を輸送して筋小胞体の小胞体腔の中に戻す働きを持っている。これはエネルギーを必要とするプロセスであり、心筋のエネルギー消費のほぼ15%を包括すると言う事に留意すべきである。25

 汚染区域に住む人々への放射性セシウムの影響の持続期間と大脳半球の細胞内でのノルアドレナリン生成の抑制を考慮すると、23 カテコールアミンの、筋線維の収縮を起こす主導的役割を想像するのは難しくない。それは強いストレス反応があるだけでも起こり得るが実際上、放射性セシウムの影響下における細胞内Ca2+蓄積は、ミトコンドリアと筋小胞体膜を含む細胞膜内のエネルギー供給システムへの損傷による、エネルギー不足によって起こり得る。だから細胞は速やかにCa2+を放出する事ができないのである。Caイオンは大変激しく細胞内に流入する。これは細胞膜のリン脂質がフリーラジカル類によって破壊されているからである。この状況では著しい心筋損傷を起こすのに大した努力は必要でない。この状況では心筋細胞の死は、過労、急性感染症やアルコール中毒などによる、長期のエネルギー不足で起こり得る。

 心臓の活動は、体内の放射性セシウムの濃度を上げることによって停止させる事ができる。特に、5日以内に1,000 Bq/kgと言う濃度に達するほどの、大量のCs-137の急な投与は、ラットで心停止を引き起こした。この場合、放射性物質そのものが直接の死因となった。より少ない量では、放射性セシウム蓄積下での心筋細胞の筋原線維の再収縮の原因は、感情的ストレスによってカテコールアミンが放出される事でも有り得る。これは、長期間のセシウム中毒の所見である、すなわち、交感神経系の機能の進行性の抑制が起こり、体が持つ適応への余裕が減るからである。17 同時に、放射性セシウムの影響下での心臓障害における、カテコールアミンの役割を除外する事は不可能でもある。

 これは、慢性的胃腸疾患を持つ子供たちの臨床的および実験的テストの結果によって確認されている。自律神経系反応性の交感神経緊張促進頻度と、体内における放射性セシウムの量には直接的に比例する関係があった。上記のデータに基づいて、放射性セシウム取り込み下では、カルシウム輸送システムにおけるエネルギー不足が心臓リズムの乱れ、心筋細胞の収縮装置の障害、そして最終的には心停止へと繋がると言う結論を下さざるを得ない。

 心血管系への損傷は、他の臓器やシステム、特に腎臓と別に考察する事はできない。体内からのセシウムの排泄を司る主な臓器として、16 腎臓は、低濃度のCs-137 にさえも著しい影響を受ける。腎臓はまた、心血管系と似た有害な影響を受ける。その最初かつ主要な障害部位は糸球体構造である。6,7 細動脈の平滑筋線維の中で、心筋内で見られるのと全く同じ変化が起こる。筋原線維の区域的収縮が細動脈の長期に持続した痙攣を引き起こし、ネフロンの構造内での血行を止める。糸球体細胞成分の死は、糸球体内で特徴的構造的変化を形成するが、これは溶けた氷柱と呼ばれる現象である。変性と壊死的な変化が徐々に現れ、糸球体が収縮し断裂する(図18と19)。


図18 全身の放射性セシウム濃度が900 Bq/kgのアルビノラットの腎臓の病理組織切片。糸球体の壊死と断裂と空洞形成。尿細管上皮の壊死と、硝子滴変性。ヘマトキシリン・エオジン染色。(倍率x125)

図19 ゴメリの71歳の女性患者Aの腎臓の病理組織切片。彼女の死因は腹腔の癒着と、無気肺と膿胸を伴う右肺の急性大葉性肺炎であり、両側肺浮腫を伴っていた。腎臓内での放射性セシウム濃度は300 Bq/kgだった。糸球体内の空洞での液体蓄積。尿細管上皮の硝子滴変性と水腫変性。間質組織の浮腫。ヘマトキシリン・エオジン染色。(倍率x125)


著しい細胞反応が無い空洞形成は、放射性セシウムの腎臓組織への影響としては典型的である。細動脈内での筋線維の過剰な収縮を起こす能力があるため、放射性セシウムは、腎臓内の血管の微小循環系のプロセスに損傷を与える。また、腎臓と諸臓器における損傷への反応として体内でなくてはならない炎症反応が欠損している事に留意すべきである。我々の意見としては、これは特殊な細胞内での、炎症伝達物質のような生理活性物質の合成が抑制されるためである。
 損傷を受けた糸球体は機能停止する。放射性セシウムの影響下にある腎臓の病理学的特徴は、血栓性微小血管症の特徴と同じである。2 これは偶然ではない。どちらの場合でも、ネフロンの微小循環系の血流システムが細血管のレベルで途絶され、壊死プロセスを引き起こす。
 腎不全の進行により、体内での代謝老廃物が蓄積する。これらは、放射性セシウム自体の毒性影響に加えて、生命維持に必要な諸臓器と諸システムに有毒な影響を持つ。また特徴的であるのは、特に心膜(図20)や胸膜(図21)などの、奨膜における炎症プロセスである。
図20 体内に900 Bq/kgのCs-137を取り込んだ動物の心筋の病理組織切片。心外膜と心嚢の好中球とリンパ球による浸潤。著しい心筋細胞融解。ヘマトキシリン・エオジン染色。(倍率x125)

図21 体内900 Bq/kgのCs-137を取り込んだ動物の肺の病理組織切片。肺胞腔内の血管の破裂による出血。臓側胸膜の好中球、リンパ球、組織球による浸潤。ヘマトキシリン・エオジン染色。(倍率x125)

 腎臓の血管系への損傷は、血圧、特に子供においての拡張期血圧の上昇の主な理由のひとつかもしれない。しかし、この病理的プロセスは隠れて潜在的に進行するため、普通の医療が不十分であったと証明された後でしか、はっきりと現れないかもしれない。従って、放射性セシウムで汚染された地域に住む子供たちには、近代的な検査室と臨床検査の診断方法を用いた、定期的な腎臓と心臓の機能の評価を行わなければいけない。

 肝臓もまた、放射性セシウムの作用による悪影響を受ける。ゴメリ地方に住んでいた人々は、著しい量の放射性セシウムが肝臓にあった。6 これらのほとんどのケースでは、病理学的検査は、肝細胞内で顕著な変性と壊死変化を明らかにした(図22)。

図22 突然死した40歳のゴメリ住民の肝臓の病理組織切片。肝臓内の放射性セシウム濃度は142 Bq/kgだった。脂肪と蛋白質の変性と肝細胞の壊死。ヘマトキシリン・エオジン染色。(倍率x125)

 同様の変化は、放射性セシウムの影響下にある実験用動物でも見られた。直ちに、肝細胞の機能、特に合成機能と解毒作用が障害された。

 肝細胞の合成機能の障害は、体内での放射性セシウムの濃度が増加するにつれて、L1-グロブリンとL2‐グロブリン(注: 日本語ではα1グロブリンとα2グロブリンに該当すると思われる。)の合成の進行的な減少として現れる。これは間違いなく、心臓を含む他の臓器における代謝状態に影響を与えるだろう。
 ステロイドホルモン、特に副腎皮質ホルモンの酸化が肝臓内で行われる。また、副腎髄質ホルモンであるカテコールアミンのノルアドレナリンとアドレナリンの分解が、メチル化反応を通して行われる。肝臓の大きな役目はアンモニアの解毒であり、それは尿素の合成に使う事により行われる。合成機能と解毒作用両方の非効率性は、代謝障害の出現に繋がり、心筋の状態に有害な影響をもたらす。
 故に、放射性セシウムを取り込んでいる体内で起こっている代謝障害は、心筋細胞の構造と機能の乱れに寄与するかもしれない。


結論

 この本を書きながら、私は文明人全てに体内に取り込まれた放射性物質の危険性を知らせる必要性を考え続けた。残念ながら、この問題に関しての現代社会の姿勢は、いくら良く見ても、無関心である。私達は、このために、人命という形の非常に高い代償を払うのである。知的な無知というのは、悲劇に繋がる。大部分の責任は医学科学者にある。既に入手していたデータを使って人々に情報を与えようとしなかったばかりではなく、放射性核種の取り込みによる体内での有害な変化を研究もしなかった。
 私は、この小さな本が既存の問題についての情報不足を埋め合わせる事ができないのを認識している。しかしながら、いくらかの関心を高め、問題の議論に繋がる事を望む。これは間違いなく有益であろう。

 提示された情報に基づいて、いくつかの結論を下すことができる。

 私達が望んでいるかいないかに関わらず、放射性核種、特に放射性セシウムは、私達の環境に存在している。何も防御対策を取らなければ、主に食べ物と水から人体に入り、臓器や組織に取り込まれる。人命にとっての最大の危険は、成長しつつある人体の心筋による放射性セシウムの取り込みである。
 心筋細胞に放射性核種のCs-137が入り込むと、構造的、そして代謝的変化が起こり、エネルギー不足と、心筋細胞の主な機能の阻害を誘発し、死に至るケースもある。 心筋の直接的損傷と、その活動を調整する諸臓器と諸システムへの損傷を示す、一連の変化が起こる。心筋細胞は、放射性セシウムによる直接的な損傷だけでなく、自然な代謝物からも、その産生、輸送、結合、排泄と分解の阻害によって、損傷を受ける(図23)。
図23 放射性セシウムの心筋細胞への影響(CPK=クレアチンホスホキナーゼ、ATP=アデノシン三リン)

 病理的変化の強度は、体内と心筋の中の放射性セシウムの量に直接的に依存する。長期間に渡る放射性セシウムの体内への取り込みが30 Bq/kgを超えるのは非常に望ましくなく、重篤な結果がもたらされる可能性がある。
 ほとんどの場合、体内の放射性セシウムの量が10-20 Bq/kgであると、死に至る事はない。しかし、放射性セシウムの心筋細胞のエネルギー器官への影響により、心筋細胞の適応能力が著しく減少する。身体的や精神的ストレス、低酸素症、極度の温度変化、飲酒、感染症やアレルギー疾患などの、様々なストレスがある状況や普通の状況下において機能する事が不可能になるかもしれない。

 放射性セシウムは、強力な損傷物質であると言う認識が必要であり、細胞活動にとっての遅延性の毒として扱われるべきである。心筋細胞のエネルギー代謝を妨げ、心筋症の原因となる。その特等は心拍リズムの乱れ、心筋収縮力の異常と、末梢血管の痙攣である。取り込まれた放射性セシウムの人間や動物に対しての影響は、放射能源としてでなく、主に化学元素としてのエネルギープロセスと代謝プロセスへの関わりを示唆する事に留意すべきである。しかしながら、放射能源としての関与は、完全に除外する事ができない。これは特に、放射性セシウムの長期の低線量被ばくにおいて顕著である。放射性セシウムの影響による腎臓での病理学的変化の主な理由は、細動脈の痙攣であり、これが糸球体ループの壊死とネフロン構造の破壊を引き起こす。セシウムの血管収縮作用は1888年にS.S. Botkinによって記録されている。11

 故に、放射性セシウムは、放射能汚染区域に住む子供達における高血圧の主要な病因因子のひとつなのである。これは、多数の観察によって確認されている。20
 チェルノブイリ事故に影響を受けた地域に住む人口における、心血管疾患の予防の原理として適切な点は、放射性物質、何よりも放射性セシウムの減少を含むが、これは食物内での含有量の減少と体内からの吸着剤による排泄によるものである。こういった対策は、心筋の代謝を改善するのに重要な役割を果たすであろう。



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セブンイレブン・セブンプリント 予約番号 49703935

2013年2月7日木曜日

日本経済新聞の電子版記事 「放射線と発がん、日本が知るべき国連の結論」(1月17日付)、 著者ジェイムス・コンカへの反論

2013年1月11日に、米経済誌フォーブスは、“Like We’ve Been Saying--Radiation Is Not A Big Deal”「言い続けているように、放射能は大した問題ではない」と言うタイトルの記事を掲載した。
http://www.forbes.com/sites/jamesconca/2013/01/11/like-weve-been-saying-radiation-is-not-a-big-deal/

この記事の完全和訳は、1月17日付けの日本経済新聞の電子版に、「放射線と発がん、日本が知るべき国連の結論」と言うタイトルで掲載された。
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO50651160W3A110C1000000/

著者ジェイムズ・コンカは、「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)はついにLNT(しきい値なし直線)仮説を低線量被ばくによる発がん推定に使う事はできないと認めた」と述べている。

コンカは、「UNSCEAR 2012」と呼ばれる報告書らしきものに情報源として言及している。コンカによると、「10レム(0.1シーベルト、または100ミリシーベルト)以下の 放射能は『大した事がなく』、LNT仮説は、世界中の自然放射線を含み、原子力エネルギー、医療行為および福島のような事故に影響されている、ほとんどの 地域に重要な放射能レベルの範囲である、10レム(0.1シーベルト)以下には適応しない」と言う。

コンカが実際にリンクしている「UNSCEAR 2012」は、実は、世界原子力協会のニュースサイトであるWorld Nuclear Newsの「国連が放射能に対するアドバイスを承認」と言う記事である。
http://www.world-nuclear-news.org/RS_UN_approves_radiation_advice_1012121.html

しかし、この記事は、2012年12月10日に掲載され、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)第59セッション(2012年5月 21−25日)レポートの内容に、紛らわしく誤解を招くような形で言及している。このレポートは、国連総会公式記録第67セッション補遺46号(以 下、”UN A/67/46”とする)であり、リンク先は下記である。http://www.un.org/ga/search/view_doc.asp?symbol=A/67/46 (コンカは、記事掲載から一週間以上過ぎてから、記事の第二段落の最後にこのリンクを補足した。筆者が1月17日に記事を印刷した際にはこのリンクはなかったため、国連総会議事録内で氏の情報源を探すはめになった。)

この、World Nuclear Newsの「国連が放射能に対するアドバイスを承認」と言う記事は特に、下記に抜粋された10ページ目のパラグラフ番号25(f)に言及していると思わ れ、「国連は、個人と集団における放射能の健康被害について、各国が何が言えるかと言う事について明らかにするアドバイスを採取することになる」と宣言し ている。
                                        
”(f) 一般的に、大衆における健康被害の発症増加は、典型的な世界的標準自然放射線量のレベルの放射能への慢性被ばくのせいであると確実には言えない。これは、 低線量でのリスク評価に関連する不確かさ、放射能に特定した健康被害の生物的マーカーが現在存在しないことと、疫学調査の統計学的パワーの不十分さのため である。故に、科学委員会は、大変低い線量に多くの個人数をかけることにより、自然バックグラウンド放射線レベルと同じかそれより低いレベルの増加する線 量に被ばくしている集団の中における放射能由来の健康被害を推定することは推奨しない。”

しかし、UNSCEARレポート”UN A/67/46”は、単に、「推奨しない」と述べており、それは「各国が何が言えるのか」を規制すると宣言すると言う事とは同じではない。この記事の著者 が誰かは記載されていないが、UNSCEARが、放射能の影響について誰が何を言うかをコントロールしていると推測しているようである。

コンカは、フォーブス誌の記事内で、UNSCEARの「オフィシャル」ロゴの下に次のような文章を示す事により、更に一歩踏み出している。「原子放射線の影 響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)はついに、LNT(しきい値なし直線)仮説を低線量被ばくによる発がん推定に使う事はできないと認めた。これ で日本国民は、自国の食べ物を食べ、怖がるのをやめることができる。情報ソース:国連」。コンカの意見がUNSCEARのロゴの下に位置づけられていると 言う事実は、読者にとっては、これがさもUNSCEARのオフィシャル声明であるかのように簡単に取れる。

コンカの、10レム(0.1シーベルト、または100ミリシーベルト)以下の放射能は「大した事がなく」、「LNT仮説は、世界中の自然放射線を含む範囲で ある、10レム(0.1シーベルト)以下には適応できない」と言う主張に関しては、一体どのようにすればそのような結論に達することができるのか謎であ る。まるで何も無い所から取り出したかのようである。

まず最初に、コンカがリンク先を示している“UN A/67/46”のどこにも、10レム(0.1シーベルト、または100ミリシーベルト)以下の放射能が「大した事がない」、もしくは「世界中の自然放射 線を含む範囲」に適応されると述べられていない。しかし、上記で抜粋したパラグラフ番号25(f)は、「典型的な世界的標準自然放射線量のレベルの放射能への慢性被ばく」に言及している。もしかしてコンカは、「世界的標準自然放射線量のレベル」を自由に解釈し、イランのラムサールやブラジルのガラパリと言うような、珍しいHBRAs(高自然放射線地域)での最も高線量な自然放射線の事を意味しているのであろうか?
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-02-07-03

UNSCEAR 2000 添付B「自然放射線源からの被ばく」の111ページ目のパラグラフ番号92には、「自然放射線からの世界的な年間被ばく量は、一般的に1〜10 ミリシーベルト位であるとみなされ、2.4 ミリシーベルトが現在の平均値の推定である。」と述べられている。
http://www.unscear.org/unscear/publications/2000_1.html

次に、コンカが言うように、10レム(0.1シーベルト、または100ミリシーベルト)以下の放射能が「大した事がない」状況であるわけでは、全くない。進 化生物学者アンダース・モーラー(フランス)とティモシー・ムソー(米国)による2012年のメタ分析「自然放射線の自然変異の、人間、動物とその他の生 物への影響」によると、自然放射線の自然変異は、突然変異率、DNA損傷と修復、免疫や癌を含む病気に大きな影響を持つ事が証明された。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1469-185X.2012.00249.x/full
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1469-185X.2012.00249.x/pdf

10レム(0.1シーベルト、または100ミリシーベルト)以下の放射能への被ばくの影響は、自然放射線、医療被ばく、チェルノブイリの清掃作業員における白 血病や、原子力発電所の近くでの白血病を含め、英国の放射線生物学者であるイアン・フェアーリーによって論じられている。
http://www.ianfairlie.org/news/recent-evidence-on-the-risks-of-very-low-level-radiation/
http://www.ianfairlie.org/news/a-100-ミリシーベルト-threshold-for-radiation-effects/

3番目に、LNT仮説が、10レム(0.1シーベルト)以下には適応できない、と言うのは本当ではない。フェアーリー氏は、自然放射線量ほどまでも低い線量 でも、統計学的に有意な結果を持つ非常に大きな規模の調査の数々を論じ、低線量における線量反応関係の直線形を示している。
http://www.ianfairlie.org/news/the-linear-no-threshold-theory-of-radiation-risks/

コンカは、日本政府が、放射能汚染を恐れる国民を安心させるために、世界的に認められた食品中のセシウム基準値である1,000 Bq/kg を半分にしたと主張するが、実際には、日本では、福島原発事故のずっと前から、緊急時に使用される食品中放射性物質の指標を設定していた。故に、最初に設 定された暫定基準値である500 Bq/kgのセシウムは、日本政府が国民の恐怖を「緩和」するために妥協したものではない。この基準値は、現時点では100 Bq/kgまで下げられている。米国の基準値は1,200 Bq/kgと、途方も無く高い。すなわち、事故直後に米国が行なった日本からの輸入食品の放射能検査は、測定結果がこの基準値の1,200 Bq/kg以下であったとしても、実質意味がなかったと言う事になる、とも言える。
http://www.fda.gov/newsevents/publichealthfocus/ucm247403.htm

余談だが、コンカが記事内で言及した基準値は正確さに欠けている。日本における現在の牛乳の基準値は、コンカが言うように200 Bq/kgでなく、50 Bq/kgである。

コンカの記事内の、「世界的に認められた食品中のセシウム基準値は1,000 Bq/kg(米国では1,200 Bq/kg)」と言う文章は、この数値を「認める」のが誰かと言う点では、少々誤解を招くような表現である。この高数値は、明らかに原子力の発展を保護し 推進を切望する人達によって決められ、この数値が意味する所を理解し得ない人々に、その判断を課している、。無論、人々の健康と命を守ろうとする人達の視 点は明らかに異なり、このような1,000 Bq/kgや1,200 Bq/kgという基準値の受け入れに反対している。

根本的な事実として言えるのは、この「放射能からの死亡率の計算」と言うレポートより抜粋されたように、無害であると認識される放射線量というのは存在しないのである。

「食品内で許容される放射性物質の公式な最大値は、集団を危険から守るように設定されている。しかし、放射能は化学的毒物とは違い、無害であると言うしきい値 は存在しない。故に、どんなに微量でも、放射能は、無害でも良性でも異存がないわけでもない。当局(政府または国際機関)が標準値や最大許容量を推奨また は設定するという事は、基本的には、ある一定の状態でどの位の死亡率や発病率が容認できるかと言う事を決めると言う事なのである。」
foodwatch.de/foodwatch/content/e10/e42688/e44884/e44993/CalculatedFatalitiesfromRadiation_Reportfoodwatch-IPPNW2011-09-20_ger.pdf
               
実際、欧州の消費者権利グループであるフードウォッチ(foodwatch)と核戦争防止国際医師の会(IPPNW)ドイツ支部は、放射性セシウムの許容限 度を、 乳児食で8 Bq/kgとその他の食品で16 Bq/kgに下げるように要求した。この許容限度は、最大年間実効放射線量の0.3 ミリシーベルトに基づいているが、これはドイツの放射能防護条例において設定されている、原子力発電所での平時の運転時における最大被ばく量限度である。
http://www.ippnw-europe.org/?expand=681&cHash=02aa1d26e8

コンカの記事のコメント欄を読むと、コンカは、「少量のセシウムの経口摂取」は、体内から排出されるから無害だと考えているようである。だが、本当に無害な のだろうか?放射性セシウムは、一般的に認識されているように、単に体内の中でも主に筋肉に分布され、何も害を及ぼさずに排出されるのだろうか?

現在はウクライナに亡命中の、ベラルーシの解剖病理医学者バンダジェフスキーは、放射性セシウムが、体内の骨格筋以外の様々な臓器に蓄積される事を示した。 バンダジェフスキーによると、放射性セシウムは複数の臓器システムに影響を与えるが、特に心筋細胞への影響が大きく、不整脈や突然死を引き起こす。

2013 年1月23日に公表された研究論文 “Artificial Radionuclides in Abandoned Cattle in the Evacuation Zone of the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant”「福島第一原子力発電所の避難区域に置き去りにされた牛における人工放射性核種の分布」では、日本の研究者のグループが、牛の様々な臓器にど の位の放射性セシウムが蓄積されたかを示した。
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0054312
内容の要点和訳
http://fukushimavoice.blogspot.ca/2013/02/blog-post.html

蓄積した放射性セシウムが、これらの牛において発癌に至ったかどうかは、今となっては知る術がない。と同時に、日本政府が避難区域に置き去りにされた家畜の 処分を命じたために安楽死させられたこの牛達が、何らかの疾患を発病していたかも定かでない。しかし、臓器内に蓄積された放射性セシウムから放出される放 射能が、心臓、腎臓、肝臓、肺、膀胱や甲状腺などの臓器のデリケートな細胞や組織において、全く何も害を及ぼしていなかったとは考えにくい。

コンカは、UNSCEARが福島原発事故による観察可能な健康被害を見つけなかった事を盾に、日本の人々は再び国産の食品を食べ始め、世界のほとんどの場所の自然放射線レベルと同様の、軽い放射能汚染を受けている地域に戻る事ができる、と述べている。

“UN A/67/46”の4ページ目のパラグラフ番号8によると、委員会の調査に用いられたデータの情報源は、日本政府、国際連合加盟国、そして包括的核実験禁 止条約(CTBT)機関、国連食糧農業機関(FAO)、国際原子力機関(IAEA)、世界保健機関(WHO)や世界気象機関(WMO)などの諸機関だっ た。また、ピア・レビュー科学雑誌に掲載された情報や分析、そして一般市民によってクラウドソーシング・ウェブサイトにアップロードされた測定値なども使 われた。

UNSCEAR は、低線量被ばくの放射能リスク推定を設定する際に、癌と遺伝的影響しか重要だとみなさない。故に、パラグラフ番号9(a)で「作業員や子供や、集団の他 のメンバーにおいて、放射能被ばくのせいである健康被害は見られなかった。」と述べられているのは不思議ではない。原発事故から22ヶ月後の段階では、放 射能由来の癌の発症はまだ起こっていないと思われており、日本政府も福島県も、先天性奇形のような遺伝的影響を示すような疫学調査を積極的に行なっていな いように思われる。

しかし現実には、非公式ではあるが、福島県のみならず、東京や、東京の周囲の関東地方でも、無脳症や白血病などの報告はある。また、鼻血、湿疹、疲労や、感 染症の蔓延や再発なども東京と関東地方で報告されており、地域によっては、小中学校の検診時での心電図異常が増加している。橋本病や亜急性甲状腺炎などの 甲状腺疾患の報告も頻繁になっている。東京と関東地方で、子供の白血球が低下していると言う話もある。

福島第一原発での収束作業に従事している東電と下請け企業の作業員においての健康被害はないと報告されているが、だからと言って、それを証明する調査や検査 結果が公表されているわけではない。すなわち、作業員達が何も健康被害をこうむってないと言う、客観的な証明はないのである。原発事故後、公表されている だけで少なくとも5人の作業員が亡くなっているが、東電が個人情報保護のために死因を公表しなかったケースもある。これとは別に、福島第一原発の4号機 タービン建屋で、震災後間もなく東電社員2人が死亡している。

コンカが次のような情報をどこから得たのかは不明である。「事故後のフクシマ作業員6人の偶然の死は、放射能とは全く無関係であり、彼らは瓦礫に押しつぶさ れたり、海に流されたりと言う事故のせいで亡くなった。」何の根拠も示さずに、その6人の作業員が事故で亡くなったとほのめかすのは、とんでもない事であ るように思える。これを証明するような、ビデオテープや目撃者の証言などはあるのだろうか?コンカは、地震と津波の後の日本で何が起こったのかを「本当 に」理解しているのだろうか?

最初に亡くなった作業員は、60歳の男性で、福島第一原発で働き始めた2日目に「心筋梗塞」で亡くなった。この男性は、仕事のある都度、様々な原発へ出稼ぎ に行く、多くの「季節原発労働者」の1人だった。こういう原発労働者達は、自分の累積被ばく量を把握していないかもしれない。突然の心臓死は、単に「心筋 梗塞」と呼ばれる事が多い。そのような事を考慮すると、この男性の「心筋梗塞」は、長期間に渡る放射能被ばくのせいであると言えるかもしれない。

次に、40代の作業員が、2011年8月の初めに福島第一原発で一週間仕事をした後、同年8月半ばに急性白血病で亡くなった。この作業員の被ばく量は0.5 ミリシーベルトだった。東電はこの男性の白血病と放射能との因果関係を否定した。この男性が、福島第一原発での作業の前に、何らかの職業的な放射能被ばく をしていたかどうかは不明であり、東電は調査をするつもりもなかった。

亡くなった詳細が分かっているもう1人の作業員は57歳の男性であったが、2012年8月22日に気分が良くないので休んでいた所、意識を失っているのを発 見された。病院に搬送されて死亡が確認された。福島第一原発で一年間作業をした結果の累積被ばく量は、25 ミリシーベルトだった。

パラグラフ番号9(e)では、2011年3月末に飯舘村、川俣町といわき市で1083人の子供(男子544人と女子539人)に行なわれた甲状腺被ばく調査 の結果、甲状腺等価線量の100 ミリシーベルトに基づいたスクリーニングレベル(0.2 μSv/h)を超えた子供は居なかったと言及されている。

2011年11月13日に開催された、国連総会第67セッション第4委員会の議事録より抜粋する。
http://www.un.org/News/Press/docs/2012/gaspd523.doc.htm
「この調査においての最高値は『35 ミリシーベルト』であり、チェルノブイリ事故の時よりもはるかに低いために、安心できる報告として国連総会で伝えられ、UNSCEARアルゼンチン代表は、『その良いニュースは強調されるべきだ。』と力説した」

この甲状腺被ばく調査は、いわき市で2011年3月26−27日に、川俣町で2011年3月28−30日に、そして飯舘村では2011年3月29−30日に 行なわれた。飯舘村では、バックグラウンド放射能レベルがところによっては10 μSv/h 以上あったりと、大変高かったため、必死でバックグラウンド値が低い場所を探さなければいけなかった。やっと、市役所の会議室一画でバックグラウンド値が 0.2 μSv/hである場所を見つけ、そこで300人の子供の甲状腺被ばく量検査が行なわれた。飯舘村の子供達を含んだグループ全体として、55%が 0 μSv/h 、26% が 0.01 μSv/hであり、全体として 99%が0.04 μSv/hだった。一番高い数値は 0.1 μSv/hだった。だが、バックグラウンド値がそんなに高い場所で、正確な測定ができると証明できるのだろうか?

それにも関わらず、一番最新の県民健康管理調査の甲状腺エコー検査の結果によると、95,954人の子供の38,327人 (39.9%) に異常が見つかっている。福島県には約36万人の子供達が居住しており、甲状腺エコー検査の先行検査はまだ終わっていない。
www.fmu.ac.jp/radiationhealth/results/media/9-2_Thyroid.pdf

コンカはフォーブス誌の記事で、「UNSCEARは去年の福島での原発事故による観察可能な健康影響を見つけなかった。全く影響がなかった。」と書いているが、真実はかけ離れているかもしれない。

失礼かもしれないが、コンカが言及しており、彼の主な情報源であると思われるWorld Nuclear Newsの記事内でも言及されているWHOや東京大学の研究調査の情報は、正確でないかもしれない。実際にコンカがどの研究調査に言及しているのかは、知 る術がない。もしもWHOの「2011年東日本大震災後の核事故による予備的線量推定」であるなら、その情報源は主に日本政府の公式発表であると思われ る。
http://www.who.int/ionizing_radiation/pub_meet/fukushima_dose_assessment/en/index.html

日本政府は確かに20キロ圏内に避難命令を出したが、実際の避難状況は混乱を極め、政府がSPEEDIシステムの予測情報を公表しなかったために、場合に よっては放射能プルームの方向へ避難した人もいた。また、避難したと言っても、単に福島県内の別の市町村へ移動した場合、そこで放射能プルームに会う、と いう場面もあった。「福島県を速やかに避難させた」と言うと聞こえはいいが、実際にはそんな綺麗事ではなかったと言う事だ。安定ヨウ素剤は、町長の勇気あ る行動の結果、福島県の反対を押し切って独自の判断で町民に投与させた三春町以外の市町村では、統一して投与されていない。こういった詳細は、公的文書に 含まれていない場合があり、海外から情報を探す場合には入手しにくい。

実の所、多大な放射能汚染を受けたのは、福島県だけではない。放射能プルームは最初は北東へ向かったが、南に方向を変え、東京や関東地方を含む広範囲を汚染した。

この画像は、福島第一原発から5キロ西に位置するモニタリングポストで新たに見つかったデータを使って構成された、最近報道されたヨウ素131の拡散シミュレーションである。


東京大学の研究調査に関して、コンカはこの「福島原子力事故後の内部被ばく」に言及している可能性がある。この研究では、被ばく量が少ない、と報告された。
http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1346169

しかし、この研究の結果には、いくつかの理由で疑問が生じる。まず最初に、内部被ばくは、ガンマ線しか測れないホール・ボディー・カウンターを用いて測定さ れた。放射性セシウムというのは、ベータ崩壊によって放射性バリウムになり、この放射性バリウムがガンマ崩壊をするのだが、その際のガンマ線がセシウムの ガンマ線として測定されている。結果として、ホール・ボディー・カウンターの検査結果は、ガンマ線の測定しか含んでいないために、原子炉から放出されたで あろう様々な放射性核種による内部被ばくを真に表しているとは言えない。また、この研究での検出下限値は、かなり高い設定で210から250ベクレルで あった。

コンカが、分量が少量であってもまだまだ汚染されている食品の消費や、「少ししか汚染を受けてない地域」への帰還を促しているのは興味深い。まさに全く同じ 事が、日本政府により、「復興」事業として促進されているからである。実際、日本での経済新聞大手である日本経済新聞は、コンカによるフォーブス記事の完 全和訳を、2013年1月17日にオンライン版で掲載した。
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO50651160W3A110C1000000/

誠に、フォーブス誌と日経新聞がどちらも「経済」誌であると言うのは興味深いところである。「経済」に関心を持つ人達は、「平和な」原子力使用を推進するた めに、放射能や放射能汚染による健康被害を積極的に極小化しがちである。即ちそれは、結果として、汚染されていない空気を吸い汚染されていない食べ物を食 べると言う、人間が持つ基本的人権を無視することである。

コンカは、自分の専門分野である核廃棄物処理の事になると、興奮気味のようである。少なくとも、コンカは、除染と呼ばれている、表土や落ち葉を移動させるだ けの行動が全くお金の無駄であると正しく指摘している。しかしながら、コンカは、放射能で汚染されているかもしれない震災瓦礫が、多大な費用を費やして全 国に搬送されて焼却されているのを知っているのだろうか?記事を書く際に、情報の確かさを証明できるような下調べをしていると思えないので、おそらく知ら ないだろうと思われる。

食品の放射能基準値が下げられた事は、日本人が「理由のない制裁」を受けていることになるのだろうか?100 ミリシーベルト以下の線量にLNT仮説を適応し続ける事は、本当に犯罪的なのだろうか?

もちろん、コンカには、例えどんなに情報を混乱させておくための意図的にあいまいな屁理屈、即ち、コンカ自身がフォーブス記事内で用いた言葉であ る”prevaricating”に表現されるような言動であっても、自分の意見を主張する権利はある。(コンカ自身、フォーブス記事内で、 “prevaricating”という言葉をUNSCEARに向けて発しており、「言葉を濁すようなことをやめろと言い続けて来た」と述べている。)しか し、「100 ミリシーベルトは大した事がない」と大言壮語するのを見ると、「ミスター100ミリシーベルト」として有名な福島医科大学の山下俊一氏には新しい友人がで きたかもしれないと思わずにいられない。そして、本当に犯罪的なのは、「許容された世界的基準値」が何であったとしても、日本人に、どんなに少量の放射性 物質であっても、放射能汚染された食品の摂取を強要することである。